世界自閉症啓発デー     2019年4月2日

ここ数年小島先生と井坂先生の運営されているアトリエグレープフルーツの展覧会にお邪魔している。先生方の人間に対する幅広い理解と、差別、差異なく生み出された作品、又それを作成する人間から学ぼうとする姿勢にいつも感動を覚える。

以下は、小牧さんの指導されている画家の小島先生の 2017年アトリエグループ展 記録集に書かれた内容の引用です。

アトリエグレープフルーツを開設して10年の活動を経て思うこと

最近、アールブリュットというフランス語がよく使われるようになった。それ以前はアウトサイダー・アート、プリミティブ・アート、障がい者アート、エイブル・アート等と呼ばれ、15年程前には「障がい者アート」がブームになったこともあった。その当時の日本の現代美術の活動は限りなく停滞している状況であり、そんな時代のなかで起った「障がい者アート」の流れは新鮮な風が足元から吹いてきたように感じられ、人々が注目した時代だった。それまでは少数派であったその美術に対して評価や批評がさまざまに行われたが、目新しい自由で素朴だという感想以上の深まりにはならず全体の美術の活動にとっての波及力はそれほど大きくはなく、むしろそのブームの後は「障がい者アート」という美術のカテゴリーがより固定化しただけに終わったように思われる。

art Brutとは日本語で「生(なま)の芸術」と訳されているが、Brutとは加工されていないしぜんのままという形容詞で、私たちが生ビールとか生肉とかということと同じようにフランス語では使われている。このことから美術学校での知識や技術通俗的な美的規範によってかこうされていない芸術(美術)という意味でフランス人の画家ジャン・デュビュッフェが命名した言葉で、当初は主に精神障がいの人たちが創作した絵画や造形作品を対象にしていた。

それらの作品の中には医師や看護師の目を盗み、ひそかに創られていたものもあり、人間の美術をする欲求とその衝動の深さを改めて考えさせるほど圧倒的な力のある作品が多く残されている。(それは現在一般的に行われているカウンセリングや芸術療法等によって創られたものとは内容も性質もまったく異なる美術であることに留意する必要がある。)

デュビュッフェはそれらの作品に注目して数多くのコレクションをし、その作品群をアールブリュットと名づけアールブリュット協会を創設し活動を始めた。

1949年にアールブリュット協会を創設し活動を始めた。1949年にアールブリュット協会が主催した展覧会の時デュビュッフェが書いたマニフェストには、「芸術の機能は誰にとっても違いは無いのであり、胃の悪い人の芸術や、膝の悪い人の芸術が無いのと一緒で精神障がい者の芸術というのは無い。」という一文があるが、現在ではアールブリュットの定義はもっと広くなり、美術学校で専門教育を受けたことのないアマチュアの芸術など、売ることを目的とせずただ自らの欲求にしたがって創られた多様な人たちの美術も含めている。デュビュッフェたちがアールブリュットの活動をはじめた動機とその思いは、一部のアカデミーやサロンの特権的専門家に占有されている芸術[美術]を民衆の場に引き戻そうとした過激なまでの情熱であり、民衆の足下深くに眠っている芸術[美術]の鉱脈を再発掘し、新たな可能性を見出そうとした努力であったと考えるのだが、それから70年余の時間が過ぎてアールブリュットというフランス語が日本の美術状況の中にまで一般化した現在その本領である批判精神がいつの間にか時代の水に薄まってしまった様であれば、現在もこれから先もその言葉で美術を語ることをデュビュッフェは望んでいないのではないかと、ふと考えてしまうことがある。

旧来の「障がい者アート」というカテゴリーをフランス語のアールブリュットという新たな意匠に変えることではなく、美術を細分化し押し込める息苦しいカテゴリーを解き放つ思想と力を自分たちが見出し、美術の在り方やその歴史を見渡せる市やを私たちが持つことを必要とする時代になったように感じている。誰もが美術をするときに現代美術をするとか、アールブリュットをするとか考えて始めることはなく、自らの資質と感覚を拠り所して創造されたものを美術と呼び、他の芸術と比べて見ても、何よりも多様性にあふれる一人々の美的表出に触れる時、その[感動]に個別的な差異はないと言う当たり前のことからもう一度美術全体を見直し、考えたいと思っている。

小島顕一[画家]

(2017年アトリエグループ展 記録集より)

詳しくはアトリエグレープフルーツ日誌をご覧ください。

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